このページは、生活者経済学で扱う想像仮説1「アリストテレスの語弊」を解説する記事になります。
この記事で唱える仮説
1.「等価交換の原則」は、アリストテレス経済論の語弊から生まれた(?)と想像します。
この記事は未確定稿です。
キーワードを含め、内容を大幅に更新することがありますので、ご了承ください。
想像仮説の概要
10秒解説
アリストテレス貨幣論は、彼の著書の「語弊」から生まれたと想像します。
アリストテレス2わかりやすさ優先で説明するからね!
細かい事にはこだわらないからね!
聴講者諸君は注意してくれたまえよ!
かような語を用いるのは、もろもろのそうした場合についてこれを単純化して語らんがためである。
ー第5巻「正義」-第4章「矯正的正義(算術的比例に基づく)」ー
引用元:アリストテレス、高田三郎(訳)、ニコマコス倫理学(上)、pp212/642/強調および改行は引用者による
想像仮説の内容
アリストテレスは「釣り合いの正義」を語った
万学の祖アリストテレスは、次のような倫理的解釈を示しました。
アリストテレス貨幣はなぜ存在するか?
それは、釣り合いの正義を実現させるためなのだ!
さらに詳しく!1700年後の人々は「等価交換の原則」と読み誤った?
後世の人々は、彼の主張を次のように読み誤ったした‥‥のかもしれません。
想像上の
アリストテレス さらに詳しく!なんでこんなことに?
そう書いてある
確かに、彼の著書「ニコマコス倫理学」には、等価交換の原則が書かれています。
ちょっぴり学術!
引用部分(等価交換の原則)を詳しく知りたい

にゃむーん
原文は古代ギリシア語。
その和訳を2種類紹介するにゃ。
素人には読めないため、2種類の日本語訳を紹介します。
たとえば売るとか買うとかその他およそ法の容認のもとに行われる取引において、自分に属する以上を得ることが利得、最初自分に属していたよりも少なくしか得ないのが損失と呼ばれる。
そして、もしこれに対して、過多でも過少でもなくまさしく自分のものそれ自身が与えられた場合には、ひとびとは「自己のものを得た」となし、損だとか得だとかいわないのである。
だからして、「正」とは、ここでは、一方の意に反して生じた事態における或る意味における利得ならびに損失の「中」であり、事前と事後との間に均等を保持するということにほかならない。
ー第5巻「正義」-第4章「矯正的正義(算術的比例に基づく)」ー
引用元:アリストテレス、高田三郎(訳)、ニコマコス倫理学(上)、pp214/642/強調および改行は引用者による
実際、たとえば売買や、法が許すほかの取引において、はじめの自分の持ち分よりも多くもつことは得をすることと言われ、当初のじぶんの持ち分より少なくもつことは損をすることと言われている。
その一方で、より多くもなくより少なくもなく、まさに当初自分のものとしてあったものがそのまま同じだけ双方でその人のものになるとき、人々は自分が自分の持ち分をもっており、「損もしていなければ、得もしていない」と言うのである。
したがって、[そのような自発的交換の場面から発想を得た]この矯正的正義は、こうした自発性に反するような係わり合いにおける「利得」と「損失」の中間なのであり、当の係わり合いの前後をつうじて変わらず等しいものをもっているということなのである。
ー第5巻「正義について」-第4章「各人を等しく一人として考える第二の種類:「矯正的正義」」ー
引用元:アリストテレス、渡辺邦夫、立花幸司(訳)、ニコマコス倫理学、pp257/373
後世の人々は「筆者の免責事項」を見逃した?
「ニコマコス倫理学」は、彼の遺した「倫理学」の講義ノート。
学生たちのため、わかりやすさを優先し細かい事にはこだわらないようにしていたようです。
冒頭で”ことわり”も入れてるんだよな。
そもそも「倫理学」であって「経済学」じゃないしな。

わるたん
ちょっぴり学術!
引用部分(アリストテレスの免責事項)を詳しく知りたい

にゃむーん
原文は古代ギリシア語。
その和訳を2種類紹介するにゃ。
素人には読めないため、日本語訳を紹介します。
その際、しかし、われわれの対象の素材に相応した程度の明確な論述がなされるならば、それでもって充分としなければならないであろう。
というのは、いかなるものを素材とする論述(ロゴス)におていも同じような仕方で厳密を求めるということの不可であるのは、もろもろの工作品の場合におけると同様だからである。
ー第1巻「正義」-第3章「素材のゆるす以上の厳密性を期待すべきではない。聴講者の条件」ー
引用元:アリストテレス、高田三郎(訳)、ニコマコス倫理学(上)、pp14/642/強調および改行は引用者による
つまり、おおよそのことがらを、おおよその出発点から論じて、同じくおおよその帰結に到達しうるならば、それをもって満足しなければならないであろう。
ー第1巻「正義」-第3章「素材のゆるす以上の厳密性を期待すべきではない。聴講者の条件」ー
引用元:アリストテレス、高田三郎(訳)、ニコマコス倫理学(上)、pp26/642/強調および改行は引用者による
聴講者、講述さるべき仕方のいかん、われわれの企図のいかんに関する以上の叙述をもってわれわれの序説としたい。
ー第1巻「正義」-第3章「素材のゆるす以上の厳密性を期待すべきではない。聴講者の条件」ー
引用元:アリストテレス、高田三郎(訳)、ニコマコス倫理学(上)、pp27/642/強調および改行は引用者による
しょせんは教授の手持ち資料
「ニコマコス倫理学」は、彼の遺した講義ノートを息子ニコマコスが編纂したという説があります。

にゃむーん
手持ち資料(講義ノート)を、本人以外が編纂したなら‥‥。

わるたん
さらには、原テキストがずさんな翻訳文だった可能性も‥‥。
再発見されたアリストテレス文書は、再発見時点で1700年前のもの。
原テキストがそもそも翻訳文であったのかもしれん。
翻訳ってのは、難しいんだぞ。

わるたん
まとめ
この記事で唱える仮説
1.「等価交換の原則」は、アリストテレス経済論の語弊から生まれた(?)と想像します。
文献
引用文献
ニコマコス倫理学
さらに詳しく!参考文献
鋼の錬金術師
さらに詳しく!脚注
この記事を書いた人
kyo9557
(ファイナンシャルプランナー/知的財産管理技能士)
雇ってもらって働かないと生活が成り立たない、富裕層と労働者階級のグレーゾーンに位置する40代夫婦の片割れ。
「労働者の常識」と「お金持ちの常識」とを併せ持つ強みを活かし、家計管理・投資・ライフプランニングの専門家として情報発信を行っています。
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