この記事では、アカウント思考TMで扱う概念「お金教」とのつきあい方を提案します。
お金教を考える
はじめに
「お金教」を考える前に、まず以下のことばを覚えておいてください。
真実はあなたを解放するであろう。
だが、真実はまず、あなたを怒らせる。
引用元:ダン・ニューハース、玉置悟(訳)、不幸にする親 人生を奪われる子供、pp153/強調および改行は引用者による
「お金教」
「お金教」とは、わたしたちのビリーフ(思考の基盤となる信仰的解釈)を言語化するために作った、架空の宗教です。
「お金教」の教義は次のようなものです。
なんとなく、おかしいのがわかるだろうか?
どの部分が、どのように変なのか、考えてみよう。
お金教からの脱却を試みる
不都合な事実に直面する
さて、「お金教」がおかしいと理解したあなたは、お金教からの脱却を試みようとします。
どう考えてもおかしいからな。
バリュニウムなんてモノは存在しない。
すると、いくつかの不都合な事実に気付きます。
- 何を買ったらよいか、わからない
- 何を基準に考えればよいか、わからない
- 価値あるものとないものの、見分けがつかない
既に、「お金教」は我々の価値観のと一体化しているのだ。
ニヒリズムに陥る
そこで、哲学者ニーチェは、このような「今まで目的としていたものが無価値となる」状態をニヒリズムと呼びました。
虚無主義は、一歩間違えば自暴自棄に陥ります。
ちょっと危険です。
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神は死んだ | Wikipedia
Wikipedia、2024.10.30閲覧

お金教と共生する
これからどうすべきか?
さて、「お金教」からの脱却は難しいことがわかりました。
では、どうすればよいのでしょうか。
アカウント思考TMでは「お金教」を宗教として認識し、一定の距離をとることを提案します。
「お金教」に支配されるのではなく、理性をもって「お金教」を管理するのです。
具体的には・・・
- お金への甘えの自覚
- 無秩序なダブルシンク(二重思考)の解除
・・・です。
「お金教」との共生
さて、そのキーワードは受容です。
「本来人間はみんな 無力な生き物なんですよ」
※画像をクリックすると引用コマの配置を確認できます。引用にあたっては細心の注意を払っておりますが、原作のご一読にご協力ください。詳しくはサイトポリシーをご確認ください。
「自分の無力さをある程度受け入れて 自分の中で折り合いをつけて それぞれになんとかしているものなんですよ」(もうちょっと鼻が高ければよかったのになぁ・・・でも痛いのこわいし今のままで受け入れよ・・・お化粧でなんとかしよう・・・)
まとめ
文献
引用文献
マンガでわかるパーソナリティ障害 もっと楽に人とつながるためのヒント
「マンガでわかるパーソナリティ障害 もっと楽に人とつながるためのヒント」は、医学者・作家岡田尊司(監修)、漫画家松本耳子による一冊完結型の漫画作品です。
監修者の著書「パーソナリティ障害―いかに接し、どう克服するか」のコミカライズ作品です。
ちょっぴり学術!
脚注
- File:Nietzsche1882.jpg - Wikimedia Commons、パブリックドメイン状態 ↩︎






