このページは、生活者経済学で扱う「大麦貨幣経済」を解説する記事になります。
ことばの概要
10秒解説
「大麦貨幣経済」は、新石器時代頃にメソポタミアの都市で行われていた部族経済 兼 交易経済を指す造語です。
現行の経済学では見当たらなかったので、新たにことばを創りました!
マネーシステムが洗練されるにつれ、部族経済と交易経済の境界はあいまいになっていったと想像されます。
マネーシステムさえあれば、区別する意味ないもんな。
ことばの歴史・背景
大麦貨幣経済
メソポタミアの古代都市ウルクなどで盛んに行われていたのではないかと想像されます。
ただの麦。
「大麦貨幣」といっても、ただの大麦にすぎない。
引用元:ユヴァル・ノア・ハラリ、サピエンス全史(上下合本版)、pp271/658/強調および改行は引用者による
しかし、マネーシステムの進化過程を考えてみれば、当時としては革命的な技術だったのであろうと想像できます。
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シェケル | Wikipedia
Wikipedia、2025.11.17閲覧
大麦貨幣とは?
歴史学者ユヴァル・ノア・ハラリは、このように説明します。
それは、書記2が現れたのと同じとき、同じ場所で、同じ状況で、紀元前3000年ごろにシュメールで現れた。
引用元:ユヴァル・ノア・ハラリ、サピエンス全史(上下合本版)、pp271/658/強調およびリンク設定は引用者による
行政活動を強化する必要を満たすために書記が開発されたのとちょうと同じように、経済活動を強化する必要に応じるために、「大麦貨幣」は開発された。
そして、貨幣開発とともに、度量衡システムの整備も進んでいったようです。
他のあらゆる品物とサービスを評価したり交換したりするための普遍的尺度として、特定の量の大麦が使われた。
元も一般的たった尺度が「シラ」で、およそ1リットル相当だった。それぞれ1シラ入る、規格化された器が大量生産されたので、人々が何か買ったり売ったりする必要があるときには、必要な量の大麦を簡単に量れた。
引用元:ユヴァル・ノア・ハラリ、サピエンス全史(上下合本版)、pp271/658/強調および改行は引用者による
まとめ
この記事でわかること
1.「大麦貨幣経済」は、新石器時代にメソポタミア地方の都市で行われていたであろう、部族経済 兼 交易経済を指す造語です。
文献
引用文献
サピエンス全史
脚注
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